直木賞落選の『また、桜の国で』は骨太で面白い2017年01月30日

『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』
 先日発表になった第156回直木賞に落選した『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』を読んだ。直木賞を逃した理由がわからないでもないが、私には凡百の受賞作よりは面白く読め、感服した。

 この小説の値打は題材だ。舞台はポーランドのワルシャワ、時代は1938年のミュンヘン会談から1944年のワルシャワ蜂起までの6年間。ただし、その前後の話も少しだけある。1920年、シベリアにいたポーランド孤児を日本が救出した逸話と大戦終結から8年経った1953年の後日談だ。主人公はワルシャワの日本大使館に勤務する若き外交官・棚倉慎、彼の母親は日本人だが父親はロシア革命で亡命を余儀なくされたロシア人だ。

 構えの大きいこの舞台設定がいい。最初のシーンはベルリンからワルシャワに向かう夜行列車だ。赴任地に向かう主人公は車内でドイツ系ポーランド人のユダヤ人青年と知り合いになる。壮大な近代史ドラマを予感させる書き出しだ。

 その予感通り物語は以下の史実を組み込みながら展開していく。

  1938.9.28 ミュンヘン会談でズデーデン地方のドイツへの割譲決まる
  1939.8.23 ドイツとソ連が不可侵条約調印
  1939.8.28 独ソ不可侵条約により平沼内閣総辞職
  1939.9.1 ドイツ軍がポーランドに侵攻。第二次大戦終勃発
  1939.9.3 イギリス、フランスがドイツに宣戦
  1939.9.17 ソ連軍がポーランドに侵攻
   1939.9.27 ポーランドがドイツに降伏
  1940.6.14 ドイツ軍がパリ占領
  1940.9.27 日独伊三国同盟調印
  1941.6.22 ドイツ軍、ソ連侵攻。独ソ戦開始
  1942.7.22 ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人虐殺
  1943.2.27 カチンの森事件発覚(ポーランド将校の大量の遺体発見)
  1944.8.1 ワルシャワ蜂起

 この小説を読んでいると、これらの歴史的事件をリアルタイムに体験している気分になり、近代史のおさらいになる。と言っても、歴史小説というよりは冒険小説に近い。やや感傷的で甘い感情に流れる部分もある。直木賞の選考委員たちからは文学性が低くて通俗的と見なされたのかもしれない。だが、物語に大きな破綻はなく、人種・民族・国家を問う今日的テーマも秘めらている。骨太で直球勝負の気持ちよさがある小説だ。

 もっとハードボイルドに仕立てた方がより面白くなったように思える。

 ◆◆◆注意!! 以下、ネタバレあり◆◆◆

 この小説の背景には、かつて日本がポーランド孤児を救出した話がある。私はこの小説を読むまでこの史実を知らなかったが、書籍やマンガにもなっているようだ。ロシア革命後の1919年、ポーランドとソビエトの戦争が始まり、シベリアに多くのポーランド孤児が残された。その孤児を救済したのが日本だった。1920年から1922年にかけて765名のポーランド孤児を受け入れ、孤児たちは日本各地で1年ほど生活した後、ポーランドへ帰還した。

 小説では、主人公の棚倉慎は幼少期に同年代のこのポーランド孤児と接する。巧みな仕掛けだ。

 主人公の父親はロシアから亡命者した植物学者で、自宅のピアノでショパンの『革命のエチュード』を奏でるような人だ。ショパンはポーランドを代表する作曲家である。日本の外交官である主人公の風貌は日本人離れしていてスラブ系に近い。ユニークな設定だ。

 私はこの小説の途中から、主人公の父親は実はロシア人ではなくポーランド人だろうと推理した。ロシア革命の時に日本に亡命してきたロシア人の中には、ロシア人を偽装したポーランド人も多数含まれていたという記事を読んだことがあるからだ。父親は息子に自分がポーランド人であることを秘匿しているが、息子はどこかの時点からそれに気付いていた。そして最後にそのことが明かされるという展開を予想していた。

 しかし、その推理と予想は外れた。残念だ。ロシア人としてロシア語を話すがショパンを奏でる父親が実はポーランド人だった、とした方がより面白くなったと思うのだが……

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