テレビと読書のシンクロで忠臣蔵の史実を考えた2016年12月12日

『忠臣蔵:その成立と展開』(松島栄一/岩波新書)、『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書)、『赤穂浪士の実像』(谷口眞子/吉川弘文館)、『これが本当の「忠臣蔵」:赤穂浪士討ち入り事件の真相』(山本博文/小学館101新書)
◎読書の直後にテレビで「実況中継」

 一昨日(2016年12月10日)、テレビ朝日の『古舘伊知郎トーキングヒストリー〝忠臣蔵〟吉良邸討入り実況中継』という番組を観た。「新事実続々」と銘打って討入りの「史実」を再現し、俗説との違いを明らかにするという企画だ。歴史学者・磯田道史氏も出演している。

 たまたま忠臣蔵の史実の概説書を読み比べた直後だったので、この番組を十分に楽しめた。読み比べたのは次の4冊だ。

(1)『忠臣蔵:その成立と展開』(松島栄一/岩波新書/1964.11)
(2)『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書/1994.11)
(3)『赤穂浪士の実像』(谷口眞子/吉川弘文館/2006.7)
(4)『これが本当の「忠臣蔵」:赤穂浪士討ち入り事件の真相』(山本博文/小学館101新書/2012.4)

 上記は発行年月順で、(1)(2)は以前に読んだものを再読、(3)(4)は最近入手して読んだ。

◎史実の基本はおさえておきたい

 忠臣蔵の面白さは歴史上の事件とフィクションが融合した「忠臣蔵文化」にある。それを楽しむ前提として史実の基本は把握しておきたいが、史料の山に挑んで研究しようと思うほど熱中はしていない。新書本で把握できる程のレベルで、何が史実と見なされているかをつかめればいい。

 その意味では野口武彦氏の(2)『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』が適切で、これで十分と思っていた。かなり以前に読み、最近再々読した。

 だが、この本以降に歴史学者による(3)(4)が出ていることを知り、読み比べてみたくなった。野口武彦氏は歴史学者ではなく国文学者・文芸評論家である。(1)はかなり昔の定評ある解説書で、著者は歴史学者だ。再読したのは、その見解が後続書でどう変遷しているか興味があったからだ。

◎討入りの史実は面白いが…

 まずは、一昨日のテレビで「実況中継」された討入りである。上記の4冊で討入りの「史実」の概要は把握しているつもりだったが、これらの本に載っていない「新事実」もテレビで紹介されていて興味深かった。

 テレビ出演の磯田道史氏が「このシーンは初めてですね。こういうのを見たかったんです」と感心していたのが、長屋をカスガイで封鎖するシーンだ。確かにこの件は上記の本には載っていない。だが、かなり以前に読んだ池宮彰一郎氏の『四十七人の刺客』には長屋を釘付けするシーンがあったと記憶している。

 印象深い重要な場面だと思われるので、上記の本が触れていない理由がよくわからない。

 実況テレビでは上野介の孫で吉良家当主・吉良左兵衛が登場しなかったのが不満だ。浪士と切り結ぶも負傷し、後に幕府に処分されるこの若者こそは一連の事件の最大の被害者とも言える。末路が哀れなのであえて無視したのかもしれない。

 寺坂吉右衛門が表門と裏門の伝令として実況テレビで活躍していた。討入り後、寺坂はなぜ姿を消したかは諸説ある。(1)(2)は大石内蔵助の密命を受けて離脱したとしている。(4)は『寺坂私記』を信用できないとし、単に逃げたのでないかとしている。(3)は諸説を紹介するのみで結論を出していない。寺坂は『仮名手本忠臣蔵』で活躍する人物だ。

 寺坂問題に限らず不明の事柄は多くあり、(3)の「あとがき」で著者・谷口眞子氏は次のように述べている。

 「日本史研究者は、これほど史実と物語とが混在して語られる世界に足を踏み入れるのを躊躇している感がある」

 忠臣蔵研究は歴史学者には不人気らしい。

◎わかるのは事象だけ

 4冊の概説書を読んで、松の廊下から討ち入りに至るまでに発生した事柄のあらましはつかめた。刃傷事件、内匠頭切腹、赤穂城明渡し、討入りなどの事実は確かだし、東西の人々の動きや会合なども記録が残っている分は事実だろう。元禄14年以降約2年間に発生した事実の羅列でかなりの分量の年表ができそうだ。

 また、これらの本によって、浅野内匠頭が名君とは言いがたい問題児だったこと、内匠頭切腹直前の家臣との面会や辞世はフィクションの可能性が高いこと、大石内蔵助がお金持ちだったこと、祇園で派手に遊んだかどうかは不明なことなどはわかった。だが、その先がわからない。

 外から見える事象は把握できても、さらに踏み込んでその意味を知るのは至難だ。事実の背景にある「人の思い」はわからない。社会学的に時代風潮を検討して事件の社会背景にアプローチできたとしても、なぜ、内匠頭が刃傷事件を起こしたかは謎だし、大石内蔵助が当初から討入りを目的にしていたかどうか不明だ。

◎発端の謎が「忠臣蔵文化」を作った

 「討入り」の史実は明らかであり、トリビアルなあれこれはあっても、そこに大きな謎はない。俗説を引き剥がして「史実」を解明すべきは「松の廊下の刃傷事件」である。発端の重大事件だ。

 だが、「刃傷事件」の真相を解明するのはもはや不可能だと思う。浅野や吉良の人物像を推測できても、彼らが何を考えていたのかはわかりようがない。刃傷事件の理由・背景は諸説を羅列するしかない。

 テレビで「松の廊下の刃傷事件」の「実況中継」があったとしても、それだけでは何もわからない。さらに踏み込んだ「調査報道」が必要なのだが、おそらくその材料はないだろう。

 後の「討入り事件」に照射されて注目度が上がった「刃傷事件」は、その理由が不明だからこそ、フィクションによるさまざまな粉飾が容易だったのだと思う。

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