トランプ大統領を予言した本を事後に読んだ2016年11月21日

『トランプ大統領とアメリカの真実』(副島隆彦/日本文芸社/2016.7.10)
 副島隆彦という評論家(?)はヘンテコで怪しげな人だ。その名を知ったのは30年近く昔で、研究社の英和中辞典をボロクソに批判する戦闘的な予備校教師だった。その少し後に『英語で思想を読む』(筑摩書房)という著書を購入した。それ以降の著書は読んでいない。本屋の店頭で著書を拾い読みして、あぶない方向に発展している人だとの印象をもっていた。

 数年前に読んだ『小室直樹の世界』(橋爪大三郎編/ミネルヴァ書房)で、副島隆彦氏が小室直樹と吉本隆明を師とみなしていることを知り、吉本隆明にかなりの影響を受けた世代の一人としての感慨から、奇怪な人だとの印象を深くした。

 今年の7月、本屋の店頭で『トランプ大統領とアメリカの真実』(副島隆彦/ 日本文芸社)という本を見つけた。冒頭は以下の通りだ。

《「次の米大統領はトランプで決まりだ」と、私はこの2016年5月22日に決めた。私の政治分析に基づくこの予測(予言)は、この本が出る7月の初めでも誰も公言できないことだ。私の専門は、現在のアメリカ政治思想の諸流派の研究である。》

 これを読んだ私はあきれてしまった。トランプが大統領になるとは考えていなかったからだ。トンデモ予言のキワモノだと思い、拾い読みしただけでその本を書店の書棚に戻した。

 それから4ヵ月後の11月9日、米国大統領選挙の開票結果に驚いているとき、副島氏の著書の記憶がよみがえり、どんなことを書いていたのだろうと気になり、AMAZONで注文した。その本が注文から10日以上経って届いた。さっそく読んでみた。

 自身をリバータリアンとする副島氏は、トランプに共感し期待している。そして、米国の広範な人々の思潮を分析した結果としてトランプ大統領を予言している。大方の予測を覆してトランプ大統領が現実となった現在、副島氏の状況分析をある程度は評価しないわけにはいかない。しかし、陰謀論的な見解をにわかに信ずることもできない。

 副島氏は自分は陰謀論者ではないと主張し、conspiracy は陰謀ではなく権力者共同謀議と訳すのが適切だとしている。彼が「権力者」と見なしているのはロックフェラー財閥であり、それがヒラリー支持からトランプ支持に切り替えたとしている。よくわからない話だ。

 トランプの外交政策の基本は isolationism で、これを「孤立主義」と訳してはダメで「国内問題優先主義」と訳すべきだと言い、「アメリカ・ファースト」は「アメリカ第一主義」「アメリカの国益重視」という意味ではなく「アメリカ国内問題優先主義」だと主張している。これは納得できる。

 副島氏は第二次大戦時に isolationism を主張した英雄リンドバーグを高く評価し、その息子が誘拐され殺されたのはロックフェラー財閥の陰謀だとしている。こんな話は納得できない。リンドバーグはナチス・ドイツに利用されていたと思われるし、誘拐事件に関しては『リンドバーグの世紀の犯罪』(グレゴリー・アールグレン、スティーブ・モニアー/朝日新聞社)という本に書かれている「事故死説」に信憑性を感じる。

 それはともかく、「トランプの登場はもっと冷酷に考えると、アメリカ帝国の墓堀人である」という見解には共感できる。21世紀の世界はローマ帝国衰亡史の世界にも似たアメリカ帝国衰亡史の時代に入っており、パクス・アメリカーナが終わりつつある。トランプはその速度を速める大統領だと思われる。

 パクス・アメリカーナの後にどんな世界が現れてくるか、過去の世界史を少し勉強しても未来はなかなか見えてこない。