忠臣蔵は史実だけでも面白い2016年11月10日

『赤穂義士』(海音寺潮五郎/講談社文庫)、『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書)、『忠臣蔵四十七士のオモテとウラがわかる本』(藤田洋/知的生き方文庫/三笠書房)、『真髄三波忠臣蔵』(三波春夫/小学館文庫)
◎忠臣蔵への関心

 わが書架の奥に忠臣蔵関連の小説や解説書が数十冊ある。大半が通俗書で史料の類いはない。30代の終わり(約30年前だ)、いっとき忠臣蔵にハマり、その後も時おり目についた関連書に手を出していた。どこにでもいるフツーの忠臣蔵ファンである。

 最近10年以上は忠臣蔵にご無沙汰だったが、国立劇場開場50周年記念『仮名手本忠臣蔵』3ヶ月連続公演(10月、11月、12月)を観ることにしたので忠臣蔵への関心が高まった。

◎忠臣蔵の常識は過去のもの?

 観劇とは別に、先日読んだ『ここまで変わった日本史教科書』(吉川弘文館)で次の記述に出会ったのも忠臣蔵への関心を喚起した。

 「綱吉時代に起きた大事件といえば、誰もが「忠臣蔵」を思い浮かべる時代は過去のものになりつつある。歌舞伎・講談・浪曲・時代劇が庶民の歴史教養の基礎をなしていた時代はもはや終わった」

 そもそも忠臣蔵は歴史の教科書で習う類いの話ではない。忠臣蔵に言及している教科書が少ないのは当然だが、忠臣蔵を知らない中高生が増えているのは残念だなと感じ、忠臣蔵の面白さを再確認してみたい気分になった。

◎忠臣蔵を面白さはどこにあるか

 私が忠臣蔵を面白いと感じる理由を自分なりに考えてみると、以下のようになる。

 ・物語の冒頭と終盤に二つのクライマックス(松の廊下と吉良邸討ち入り)があり、終盤のそれが前半を増幅している。

 ・社長が引き起こした事件で突然の倒産に直面した優良企業の社員や役員たちの状況に似た非常時対応の緊迫感が面白い。
 
 ・多数の男たちが陰謀を巡らせ紆余曲折のうえ目標を達成する共謀物語である点に普遍的面白さがある。

 ・目標達成の過程に生ずる疑心暗鬼、韜晦、残留者と脱落者などに人間ドラマがある。

 …などと考えながら、次の4冊を書架から引っ張り出してきて読んだ。

(1)『赤穂義士』(海音寺潮五郎/講談社文庫)
(2)『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書)
(3)『忠臣蔵四十七士のオモテとウラがわかる本』(藤田洋/知的生き方文庫/三笠書房)
(4)『真髄三波忠臣蔵』(三波春夫/小学館文庫)

 いずれも20年以上前に目を通しているはずだが、内容をほとんど失念しているので初読とさほど変わらない。この4冊は史実にウエイトを置いた本だ。

◎それぞれの4冊

 赤穂事件に関する史料は山ほどあり、まとまった形で整備されているらしい。だが、偽書と見なされるものも多く、偽書でなくても伝聞の記録、著者の記憶のねつ造、意図的な事実の改編などもあり、史料の山の中からどんな史実を紡ぎ出すかはさまざまである。

 海音寺潮五郎氏の『赤穂義士』はコクのある史伝で、元禄に完成した「武士道」の解説が面白い。大石内蔵助を周到なリーダーとして礼賛し、義士を高く評価する一方「不義士」には辛辣である。

 野口武彦の『忠臣蔵』は史料解釈の解説も明快で、史実追求の確度はかなり高いように思われる。著者は義士と不義士という分類は真実を見えにくくすると述べている。納得できる見解だ。討ち入り後の泉岳寺周辺の緊迫状況の記述が興味深い。

 『忠臣蔵四十七士のオモテとウラがわかる本』は早わかり的な史実解説本で、四十七士全員と主立った「不義士」たちの個別解説が全体の半分以上を占めている。それを読むと、四十七士に新参や他家との関係者が多いことがあらためてわかり、江戸時代の武士の実態の一面が見えてくる。

 浪曲歌謡の三波春夫氏の『真髄三波忠臣蔵』は浪曲風名調子と史談がないまぜの不思議な本だ。史実研究家でもある著者は、得意の名場面を語った後、それが史実と異なる点を熱い心情の蘊蓄で解説している。

◎史実にこだわってはいないが…

 私は忠臣蔵の史実にさほどこだわってはいない。赤穂事件をタネに生まれた芝居、講談、浪曲、小説、映画などが作り上げた忠臣蔵文化が面白いと考えている。赤穂事件は歴史変動に関わる事件ではなく、その史実を深掘りするのは好事家の趣味としては面白いかもしれないが、どうでもいいことのように思える。

 そう思っていたのだが、上記の4冊を読んで、忠臣蔵の面白さは赤穂事件という史実の面白さに負っているという当然のことを再認識した。忠臣蔵とは赤穂事件に尾ひれをつけた物語空間であり、尾ひれには尾ひれなりの多様な面白さがあるが。その尾ひれを取り除いても、やはり面白い。

 松の廊下の刃傷事件は史実で、その動機は不明である。そして、1年10カ月後に討ち入り事件が発生したのも史実だ。その間の赤穂浪士たちのさまざまなやりとりの記録も残っている。これらの史実には、私が忠臣蔵を面白いと感じる要素がすべてが含まれている。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
ウサギとカメ、勝ったのどっち?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2016/11/10/8245695/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。