猥雑妖艶な『毛皮のマリー』を観て歌舞伎を連想2016年04月09日

 新国立劇場(中劇場)で『毛皮のマリー』(作・寺山修司、主演・美輪明宏)を観た。1967年初演の高名なこのアングラ芝居は、その後何度も再演されている。私は今回初めて観た。

 半世紀近く昔の学生時代、私はアングラ芝居をかなり観たが、寺山修司主宰の『天井桟敷』の芝居は観ていない。当時の私には『天井桟敷』は<本当のアングラではない>と思えていた。寺山修司は私が高校生の頃から若き文学スターだった。だから、大学生になった頃には彼がすでに<権威>に見えていた。『天井桟敷』が『民芸』や『俳優座』と違うのは確かだが、アングラをウリにするうさんくささを感じていたのだ。

 だから、『状況劇場』の役者たちが『天井桟敷』に殴りこんだ乱闘事件のニュースに接したとき、内心で快哉をあげた。後になって、唐十郎が寺山修司への敬意を表していることを知り「なんだかなあ~」という気にもなった。当時、寺山修司は30代前半、唐十郎は20代後半、みんな若かった。いまから思えば、そんな若造たちの世界に<権威>などを嗅ぎとるのは幼さのあらわれで、何も見えていなかったのだ。

 その後も寺山修司の作品をきちんと読んだわけではないが、短歌や俳句などを読み返して才能を感じた。あの、煌めきに満ちた懐かしき1960年代を象徴する人物の一人が寺山修司だったのは間違いない。

 そんな気分で今回の『毛皮のマリー』公演に行ったのだが、もちろん美輪明宏のバケモノめいた妖しさを観たいという動機もあった。1967年初演の『毛皮のマリー』は、寺山修司が役者・美輪明宏(当時は丸山明宏・32歳)を当て込んで書いた芝居だ。あの頃の丸山明宏はゾッとするほどに妖艶だった。『毛皮のマリー』は一応のストーリーはあるものの、丸山明宏の妖艶さに拠って猥雑な見世物小屋的異世界空間を紡ぎ出す仕掛けの、丸山明宏抜きでは成り立ち難い芝居である。

 そんな芝居が、初演後約半世紀ものあいだ同じ主演俳優によって継続的に上演されてきたのは驚異である。この芝居の初演を新宿アートシアターで観た観客の中に、半世紀後に80歳を過ぎた丸山(美輪)明宏によって「国立」の立派な劇場でこの芝居が上演されると想像した人がいたとは思えない。

 81歳になったはずの美輪明宏の妖艶な肢体に圧倒されつつ、1960年代の狂騒を彷彿させるサイケで猥雑な活人画のような舞台をノスタルジックな感慨で眺めながら、私は遠い昔から現代にまで継承されてきた歌舞伎を連想した。江戸時代の人が歌舞伎に接するときのカブいた気分を追体験したような気分になったのだ。

 遠い将来、第○世美輪明宏と名乗る役者が歌舞伎座のような大舞台でこの猥雑な芝居を演じているかもしれない…などと妄想した。