自分の目や脳を信用し過ぎてはいけない2012年05月24日

『超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか』(リチャード・ワイズマン博士/文藝春秋)
 私は超能力やオカルトを信じていない懐疑論者である。SF・幻想小説・怪奇小説などは好きで、水木しげる氏を敬愛しているが、妖怪や幽霊が実在しているとは思わない。占いや血液型性格判定も信用していない。
 超自然的に見える現象などは合理的に説明可能なはずだと考えている。
 
 『超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか』(リチャード・ワイズマン博士/文藝春秋)は、そんな私好みの面白い本だった。著者はマジシャンとしての活動歴もある心理学者で、超常体験・超自然現象を科学的手法で解明する研究に携わっているそうだ。面白い研究分野だ。本書はその研究の産物のひとつだろう。

 「占い」「幽体離脱」「念力」「ポルターガイスト」「予知夢」などは超能力や超常現象ではなく、トリックや錯覚であることを明快に解説している。
 怪談・超能力・超常現象などを心理学や手品で解明した本を何冊か読んだことがあるので、本書の指摘にびっくりはしなかった。広汎な分野のテーマを実証的・説得的に解説しているので、体系的に整理・理解できる。
 オカルトや迷信に心を惑わされないための啓蒙書として広く読まれるといいなと思う(オカルト信者はこのような本には手を出さないか)。

 著者の語り口はやや冗長で、超常現象を楽しんでいる趣もあり、超能力者になるためのノウハウまで紹介されている。手品や錯覚が超能力の正体なのだから、その仕組みを知ればだれでも超能力者になれるわけだ。

 ただし、本書は単なるオカルト批判の楽しい啓蒙書ではなく、超常現象を信じる人が後を絶たない「この世界」の不思議の解明に踏み込んでいる。それが、本書の大きな特長であり、感銘を受けた点だ。

 簡単に言ってしまえば、超常現象はわれわれの外界に存在するのではなく、われわれ自身の内部に発生する。本書を読みながら、思い知らされるのは、人間がいかにだまされやすくできているかということだ。

 まず、われわれの目がだまされやすい。百聞は一見にしかず(seeing is believing)は間違いで、われわれの目はあっけなくだまされてしまう。同じ長さの二つの線が違う長さに見えたり、平行線がナナメに見える「目の錯覚」は万人に共通だ。本書には残像による錯視の実験などが紹介されている。これも、ほとんどすべての人が体験できる現象だ。

 だまされやすいのは目だけではない。われわれの脳が実にだまされやすくできているのだ。本書の「幽体離脱」の章における脳がだまされる過程の解説は興味深かった。脳がだまされやすいということは、われわれの五感のすべてがだまされやすいということだ。

 目は信用できないし、脳を信用し過ぎてもいけない。
 とすれば、何を信用すればいいのだろうか。脳が信用できないということは、自分自身も信用できないということだ。本書の指摘を待つまでもなく、記憶の捏造はしばしば発生する。私自身も自分の記憶と客観的記録との齟齬に驚いた体験がある。

 何も信用できないというのは困ったことだが、おのれの理性というこころもとないものに頼るしかない。要は、何事も疑いつつ自身の頭で論理的に思考する訓練をすることだと思う。しかい、何事も疑って自分の頭でつきつめて考えた結果としてカルト教団に入ってしまう人もいる。やっかいなことである。
 
 人はなぜ超常現象を体験するのかについて、著者は面白いことを述べている。本書の末尾において、「超常現象を体験する能力は人類の進化にとって重要な役割を果たしている」という注目すべき見解を開示しているのだ。
 著者によれば「超常現象を体験する能力」とは、あいまいなものの中から「パターンを見いだす」能力であり、それを人類の生存に必須な能力だとしている。

 超常現象や超能力の批判的な検討をつみかさねてきた果てに、最後になって超常現象体験を評価するとは、大ドンデン返しのようでもである。

 しかし、考えてみれば妥当で納得できる見解である。
 「パターンを発見する能力」とは、物語を作りだす能力とも言える。人間は物語を作る動物であり、想像力がなければ創造力も生まれない。
 オカルトをたやすく信じるのは愚かなことだと思うが、オカルトと科学の境界が明確なわけではない。近代科学発展に錬金術をはじめとするオカルト的な研究が一定の役割を果たしてきたのは確かだ。

 「パターンを発見する能力」が正解を見いだすこともあれば暴走することもある。正解だけを期待することはできない。人間はそのようにできているようだ。いたしかたないのだ。

 人類は未来永劫、超常現象とつきあっていくことになるのかもしれない。科学技術がはるかに進歩した遠い未来においても、未来人たちは宇宙船の中で幽霊や妖怪に出会うのだろうか。