偉人リストを考えるのは面白い2012年02月29日

◎50人の偉人

 朝日新聞出版から『週刊マンガ世界の偉人』(全50冊)が刊行中だ。小学校低学年向けの叢書で、私の孫世代がターゲットだ。薄っぺらなマンガ雑誌ではあるが、グランパとしては、こんなモノでも読まないよりは読む方がよかろうと思い、娘に「欲しければ買ってやる」とメールした。すぐに「50冊も置くところはありません。読みたければ図書館で借りるので、いりません」との突慳貧な返信があった。
 その後、テレビCMを見た孫が「欲しい」と言っているとの娘からのメールがあり、一転、定期購読注文することになった。

 それにしても「偉人伝」という言葉は懐かしくも、やや胡散臭い。朝日新聞出版が選んだ50人の偉人は以下の通りだ。

 エジソン マザー・テレサ レオナルド・ダ・ヴィンチ 坂本竜馬
 モーツァルト  クレオパトラ アインシュタイン マイケル・ジャクソン
 織田信長 コロンブス ガウディ ナイチンゲール 宮沢賢治 キリスト
 諸葛孔明 ガリレオ マルコ・ポーロ 手塚治虫 ナポレオン ピカソ
 チャップリン 松下幸之助 アンナ・パヴロワ スティーブ・ジョブズ
 ベートーベン 江戸川乱歩 ヘレン・ケラー ブッダ ダーウィン
 シェークスピア ジャンヌ・ダルク 本田宗一郎 チンギス・ハン
 リンカーン アガサ・クリスティ 植村直己 キュリー夫人 エリザベス1世
 アイルトン・セナ ライト兄弟 キング牧師 円谷英二 ファーブル
 グリム兄弟 アレクサンダー大王 安藤百福 ガンディー ガガーリン
 アンネ・フランク チェ・ゲバラ

 この50人のリストを眺めたとき、軽いショックを感じた。「えっ、この人が偉人?」と思われる人物を散見したからだ。しかし、しばらく時間をおいて見直すと、なかなかよくできた人選であると感心するようになった。

 私は、マイケル・ジャクソンやスティーブ・ジョブズを偉人と呼ぶのに違和感をもつが、この二人は『週刊マンガ世界の偉人』のウリになっているようだ。わが孫も、何もわからぬなりに、マイケル・ジャクソンが入っているので、この偉人伝を欲しいと言ったらしい。
 手塚治虫、円谷英二、安藤百福らが入っているのは、現代視点からの意欲的な人選と言える。アンネ・フランク、チェ・ゲバラを偉人とするのも一つの見識だろう。

 江戸川乱歩はちょっと意外だ。
 私たちが小学生のころ、『怪人二十面相』や『少年探偵団』の作者である「江戸川乱歩先生」が巨大なヒーローだったのは確かだ。暗い書斎でローソクの灯だけの中で怖い話を書いているといった伝説も耳にし、凄い作家だと思った記憶がある。
 しかし、大人になって乱歩のめくるめく怪しい世界を知った視点からは、乱歩が小学生向けの偉人だろうかとのとまどいも感じる。と同時に、この人選は現代の何かを反映しているようにも思える。乱歩ブームが再来しているのだろうか。

◎偉人とは

 50人の偉人リストを眺めているうちに、20年ほど昔に読んだ『大人のための偉人伝(木原武一/新潮選書)』を思い出し、本棚の奥から探し出して再読した。内容をほとんど忘れていたが、面白く再読できた。そして「偉人伝」の意義を改めて認識した。

 「偉人伝」とはヘンな言葉である。人物の評伝には面白いものが多いが、それらが面白いのは、その人物が「偉人」だからではない。「偉人」と評価してしまうと、陰影に乏しい薄っぺらで一面的な評伝になりがちだ。陰影に富んでいる人物像の方が深みが出て評伝も面白い。
 大人になると「偉人伝」という言葉に滑稽さと違和感を感じるのは、「偉人伝」には「子供だまし」の読物というイメージがつきまとうからだ。

 そのへんの事情をふまえたうえて、木原武一氏は偉人伝にとりあげられる「偉人」を次のように規定している。

 「偉人の第一条件は、人のために奉仕するという献身的行動である」
 「すべての偉人は理想主義者であり、同時に、実践の人である」
 「その時代の緊急を要する難問をみずから引き受けるところから偉人は生まれ、偉人の献身的行動は同時代の人びとに理解され、賞賛されることになる。死後百年たって発見された偉人などというものはありえない。この点が偉人と天才のちがうところだ」
 「ほとんどの人は天才にはなれないが、偉人にはなれるかもしれない」

 そんな偉人伝を子供だけに独占させるのはもったいないことであり、「偉人伝から学ぶべきはむしろ大人の方ではなかろうか」というのが、木原武一氏が本書を執筆した動機である。偉人伝は大人にとっても意義深いとの観点で木原氏が取り上げた偉人は次の10人だ。

 シュワイツァー ヘレンケラー リンカーン ガンジー ナイチンゲール
 キュリー夫人 エジソン カーネギー 野口英世 二宮尊徳

 『大人のための偉人伝』というコンセプトだから、一面的な評伝ではない。と言って、対象人物を貶めているわけではなく、「偉人」としてリスペクトしつつも、人物像の陰影を伝えている。「この人物は、なにゆえに『偉人伝』に取り上げられるようになったか」を論じた評伝とも言え、そこが面白い。

 この10人のなかで、私は「リンカーン」が一番面白かった。同時代の評価と後世の評価とのギャップ、その両方にいく分かずつの真実が含まれていると思われるところに、偉人伝発生のキイが見えてくる。

◎偉人リストの変遷

 『大人のための偉人伝』によれば、子供向き偉人伝には2横綱(野口英世、エジソン)4大関(リンカーン、キュリー夫人、豊臣秀吉、ナイチンゲール)という相場があるそうだ。
 この6人のうち、野口英世と豊臣秀吉が朝日新聞出版の50人から落選している。豊臣秀吉は木原氏の『大人のための偉人伝』からも漏れている。また、木原氏が取り上げた10人のうちシュワイツァー、カーネギー、野口英世、二宮尊徳の4人が朝日新聞出版の50人に入っていない。

 偉人伝は定番を維持しながらも、時代とともに少しずつ変遷していくもののようだ。
 かつての横綱・野口英世が不採用になったのは、やはり、その業績の大半が現在では否定されているからだろう。
 豊臣秀吉と織田信長のどちらを取るかの選択では、昔なら秀吉だったが現代なら信長、という気分も何となくわかる。
 私の世代にとっては偉人の代名詞のようだったシュワイツァーも過去の人として忘れられつつあり、マザー・テレサの方がスター性がありそうだ。

 その時々で、自分自身のための偉人伝リストを考えてみるのも一興だと思った。