『ローマ人の物語』の文庫版、ついに完結2011年09月07日

『ローマ人の物語(1)~(43)』(塩野七生/新潮文庫)
 新潮文庫版の『ローマ人の物語』(塩野七生)が完結した。ハードカバーの単行本全15巻が文庫では43冊になった。単行本版は2006年に完結しているが、私は文庫版で読んできた。2011年9月刊行の41、42、43冊目『ローマ世界の終焉』を読み、やっと、この長い物語を読み終えた。

 読み始めたのは、文庫版の16冊目が刊行されていた2004年だった。単行本の『ローマ人の物語』が刊行され始めた頃、書店の店頭で眺めることはあったが、自分には縁のない本だと思い、敬遠していた。しかし、文庫版を読んでいた知人から本書の面白さを聞いたのがきっかけで読み始めた。

 読み始めると、引きこまれてしまった。既刊分の文庫本を一気に読み終えてからは、毎年9月に刊行される続刊が待ち通しかった。単行本が先行しているから、そちらに乗り換えてもよかったのだが、その気にはならなかった。

 文庫版の『ローマ人の物語』の特長は、1冊の薄さにある。単行本1巻を2~4冊に分割していて、1冊200頁前後だ。近年、製本糊の向上のせいか、分厚い文庫本が増えている。立方体のような文庫本もある。しかし、混んだ電車の中でも気軽に読むには、文庫本は薄いに限る。
 薄い文庫本は、物理的に軽いというメリットに加えて、1冊を読了したというささやかな達成感を頻繁に体験できるという効用もある。『ローマ人の物語』のような延々と続く歴史物語では、この小さな達成感がメリハリになる。
 
 そんなわけで、単行本に乗り換えずに文庫本で年1巻(文庫本で数冊)のペースで読み続けた。昨年の9月、『キリストの勝利』(38、39、40)を読了したとき、最終巻を待つ1年は長いなあと思った。で、最終巻が出るまでの1年の間にギボンの『ローマ帝国衰亡史』を読んでおこうと考え、ちくま学芸文庫版の全10巻を入手した。しかし、1巻目の前半で止まったままウカウカと時は過ぎていった。1年は短い。

 塩野七生氏の『ローマ人の物語』の魅力は、語り口の軽快さにある。学者の文章ではなく作家の文章だ。この語り口が、薄くて瀟洒な文庫本にマッチしている。ハードカバーの単行本だと、私は本書を読了できなかったかもしれない。

 著者が15年かけて書いた長大な物語を7年かけて読んだわけだが、時間をかけてコマ切れで読んだせいか、あまり長さを感じなかった。退屈する部分はなく、43冊のほとんどを一気に読んだような気がする。

 本書はおよそ1千年のローマ史であり、ローマの黎明期からローマ帝国の滅亡までを描いている。「ローマ人の物語」というタイトルが示すように、それぞれの時代の人物に光をあてて描いた人物論的な大歴史物語だ。
 古代史の本ではあるが、はるか昔の遠い国の人々の話という気がしない。登場人物の多くが、わたしたちの同時代人のように感じられる。物語のあちこちに散りばめられた塩野七生氏の感慨やつぶやきの多くは、そのまま現代日本への警句になっている。
 
 読みようによっては、かなり教訓的な内容とも言える。しかし、それが鼻につくわけでもイヤミでもなく、現代日本の男たちを叱咤激励しているように感じられる。ある週刊誌である女流流行作家が「団塊世代の男が読む女流作家は塩野七生さんだけ」とボヤいていたが、むべなるかなである。
 塩野七生氏の歯切れのいい指摘が、私たち団塊世代の男性を惹きつける魅力をもっているのは確かだ。

 何はともあれ、この著作が存在しなければ、私が古代ローマ史の面白さに惹かれることはなかっただろう。塩野七生氏へ感謝。