ピースボートに乗る若者を分析した本が出た2010年08月30日

『希望難民ご一行様:ピースボートと「承認共同体」幻想』(古市憲寿/光文社新書)
 新聞の広告で『希望難民ご一行様:ピースボートと「承認共同体」幻想』(古市憲寿/光文社新書)という本を見つけた。
 ピースボート体験者の一人として「これは読まねば・・・」と思った。タイトルからして、ピースボートを批判的に取り上げているようだ。
 すぐに本屋で入手し、その日のうちに読了した。ピースボート体験者にとっては「そうだ、そうだ」とうなづける部分が多い面白い本だったが、物足りなさもある。

 著者は25歳の東京大学院生。第62回ピースボート(2008年5月~2008年9月)」世界一周の船旅を体験している(乗船当時は23歳)。私はその直後の第63回ピースボート(2008年9月~2009年1月)に乗船した。私の体験記はこのブログに書いたが、第62回と第63回は船(クリッパーパシフィック号)の不具合で日程が大幅に遅延するなどのトラブルが発生した。乗客の有志(第62回の乗船者が中心)はピースボート相手の訴訟を起こしており、私は毎回傍聴に行っている(次回は9月1日)。---- が、そんなことは本書のメインテーマではない。

 本書は著者の修士論文をベースにした本で、社会学者の卵がピースボートに乗船した若者を対象に実施した社会調査の報告と考察である。元の修士論文のタイトルは『「承認の共同体」の可能性と限界:ピースボートに乗船する若者を事例として』だそうだ。つまり、本書は「若者論」がメインであり「ピースボート論」というわけではない。そこに、私は物足りなさを感じる。ないものねだりかもしれないが。

 私は、本書のタイトルはよくないと思う。「希望難民」がわかりにくい。難民になりたいと希望している人々かと思った。実は「現実と希望のギャップに苦しんでいる人」だそうだ。論文の尻尾を引きずっているのでこんなタイトルになったのだろうが、もう少し売れそうなタイトルはなかったのだろうか。

 著者は、ピースボートに乗船する若者たちを「共同性」「目的性」という二つの軸で四つの象限に分類し、それぞれ「セカイ型」(共同性・大、目的性・大)、「自分探し型」(共同性・小、目的性・大)、「文化祭型」(共同性・大、目的性・小)、「観光型」(共同性・小、目的性・小)と名付けている。分かりやすくて面白い分類だ。

 こういう分類を見ると、若者乗船者の一人である著者はどれに該当するのだろうと考えてしまう。社会調査をするという「目的性」をもって乗船したのだから、「目的性」の強い 「セカイ型」「自分探し型」になるはずだ。社会調査という行為は調査対象と深く関わる方がよさそうだから「共同性」も強かったのではなかろうか。だととすると、ピースボートの創設者が夢見た若者像である「セカイ型」ということになる。

 大学院生の若者として乗船した著者には、ピースボートに乗船して若者対象の社会調査をして若者論の修士論文を書くという明確な目的があリ、それは予定通り成就し、さらに新書本まで出版したのだから、著者はピースボートを享受・満喫したことになる。
 本書は、斜にかまえてピースボートを批判的にとらえているように見えるが、実はピースボートの「本当の」魅力を、主催者の思惑とは関係ない次元でクールに捉えたピースボート肯定の本かもしれない。

 若者像の分類などは面白いが、社会調査の多くがそうであるように、アンケートやインタビューで得られた知見は、画期的な事象の発見ではなく、直感的に何となく了解している知見の再確認のように思える。
 「6章 あきらめの船」において、帰国した若者たちの「社会的老化」「冷却」=「あきらめ」「大人になる」を指摘し、結論部の「7章 だからあなたはあきらめて」において、「目的性」が「共同性」によって冷却され、「コミュニティ」や「居場所」が「あきらめの装置」となることを評価しているのも、いかにも現代の若者的な認識だと思う。あたりまえのことを言っているだけのような印象を受ける。

 著者は「2章 旅の終焉と新しい団体旅行」において、社会学的考察をふまえて『一つの仮説を立てられるとしたら「旅」というもの自体が今、消滅しかかっているのかもしれない』と述べている。これはショッキングだが説得力もある指摘だ。「旅」は文学や学問や人生のメタファでもあるから、そう簡単にこの世から「旅」がなくなるとは思えないのだが、気になる問題提起だ。

 私が本書で面白かったのは「3章 ピースボートの秘密」「5章 ルポ・ピースボート」だ。ピースボートの体験者としては、すでに知っている話も多かったが、これらの「ピースボート論」の部分を掘り下げると、もっと面白いルポルタージュになるはずだ。

 著者のテーマが「若者論」なので、本書では中高年は考察対象になっていない。しかし、著者も指摘しているようにピースボートの特徴は「中高年と若者の混在」にある。若者は半数以下である。半数以上の中高年の多くは夫婦乗船ではなく単身乗船だ。また、中高年にはリピーターが非常に多い。若者にはリピーターはほとんどいない(リピーターになる若者はピースボートのスタッフ(=主催者)になってしまう)。
 ピースボートとは何かを分析するには、「ピースボートに乗る中高年」の考察が必須だと私は思う。私の予感では、若者より中高年の実態の方が複雑怪奇・多種多様である。不思議な人も多いので、単純なアンケートやインタビューで捉えるのは難しいかもしれない。
 元気すぎる中高年の「老人ホーム」と毎日の文化祭が同居しているピースボートを考察することは、われわれが突入しようとしている高齢者社会の様子を探るヒントになるような気がする。

 本書にTさんとして登場する方が、本書の感想をブログに書いている。面識はないが、Tさんもアクティブな中高年の一人である。